タッパーウェア 撤退の波紋 B

フィールド変革の取組、高齢化等が壁に
「体験型」「シンプル」な料理教室推進


 DXのプロフェッショナルとして手腕を振るった社長の退任や日本撤退決定によって、道半ばで途切れることとなったタッパーウェアブランズ・ジャパン(東京都千代田区)の「多チャネル化」戦略。WEBモール等でのeコマースと大手百貨店等への店舗卸は、そもそも米本社が旗振り役を務めていた。同社の黄金時代を築き、「タッパーウェア」を密封プラ容器の代名詞化させた、ホームパーティー式のMLMに代わる販路の構築を急務としたからだ。
 米本社の「多チャネル化」の第一歩は2000年代初頭までさかのぼる。大手スーパーチェーンのターゲットと組んで、密封プラ容器等を店頭で販売。各店には製品説明担当者が配置された。同時期には米エイボンも店頭販売に乗り出すなど、ブランド力を強みとする新販路開拓が盛んになり始めていた。
 しかし、MLMの既存販路とカニバリゼーションを生じるなどしたことから、ほどなく終了。ポップアップストア等の催事に傾斜した。  非MLMの販路に再び本格着手したのが21年〜22年。ターゲットやアマゾンで製品の取り扱いが始まり、当時のCEOはグローバルマルチチャネル戦略の「始まり」と宣言した。
 この延長戦上にあった日本の「多チャネル化」は、まず順調な滑り出しを見せたと言える。22年の日本売上は前年比で5%以上の増加を達成。同年売上の4分の1〜3分の1を占めた非MLM事拡大が貢献した。eコマースの利益率の高さも、過去5年で最高の営業利益に結び付いた。
 ただ、売上構成比は依然、MLMのほうが大きい。同社の屋台骨であることに変わりはなく、「多チャネル化」と並行して販売現場のテコ入れが図られた。

(続きは2025年2月27日号参照)