ハイブランドの陥穽°鼡ォのポーラ・商品戦略を読む @

イメージ刷新した最高峰「B.A」
「脱・訪販」の象徴、その功罪



▲現在もポーラを象徴するラインナップとして展開(写真はスペシャルボックス)
 ダイレクトセリング化粧品の最大手企業として、長年にわたって市場をリードしてきたポーラ(本社・東京都品川区、小林琢磨社長)。かつては昭和の化粧品ブランド≠ニいうイメージがあったが、鈴木郷史氏(現・ポーラ・オルビスホールディングス代表取締役会長、ポーラ会長)の下、業態改革とブランドイメージの刷新を図り、コロナ禍前までは新しいダイレクトセリングのあり方≠示してきた。しかし、コロナ禍を経た現在、ポーラは再び苦境に陥っている。本項では、その要因について同社のブランド戦略から考えていく。  
 ポーラを象徴するブランドと言えば、まずは、最高峰ブランドと位置づけられる「B.A」が想起されることが多いだろう。1985年にデビューした「B.A」は、同社の最新の化粧品開発技術を盛り込みながらリニューアルを繰り返し、主にエイジングケアニーズに対応してきた。近年はアジア市場での展開にも注力。空港の免税店でも、国内外のハイブランド≠ニ並んで陳列されるなど、文字通りポーラの看板ブランドとしての役割を果たしている。
 「B.A」がそのイメージを大きく変えてきたのは、2010年頃からだ。当時のラインナップの刷新に合わせて、イメージキャラクターに女優の夏木マリさんと米倉涼子さんを起用。「B.A」の若年層向けブランドというスタンスの「Red B.A(当時はB.A RED)」とともに、黒と赤≠ニいうカラーリングで、従来のポーラのイメージを覆した。広告もリアル・デジタルを問わず大々的に展開して話題を呼んだ。
 昨年、長年活動してきたポーラの委託販売員を引退した70代のある女性は、当時をこう振り返る。「ポーラと言えば、ポーラレディが販売する昭和の化粧品というイメージが定着していた。私たちのような団塊世代には馴染みがあったが、若い人にはどうしてもお母さん世代の化粧品≠ニいうイメージがあったと思う。当時、活動していた販売員もその気持ちで活動していたが、『B.A』のリニューアルによって、ブランドがワンランク上がったというか、昭和世代の化粧品≠ニいうイメージから脱皮したというか、そんな印象があった」。
 実際、2010年にリニューアルした際、「B.A」シリーズは、女性誌のベストコスメで14冠を達成し、年間売上も200億円を達成するなどヒットを記録している。この頃の営業戦略としては、2000年代前半から進めてきたサロン戦略が本格軌道に乗っており、主力店舗の「ポーラ ザ ビューティー」も500店舗以上に拡大し、従来型訪販からサロンビジネスへの転換が進んだ。「B.A」のヒットを追い風に若年層への訴求も好調で、新規顧客の約6割が20〜30代だった。また、委託販売事業以外でも、百貨店、BtoBでも売上2ケタ増を達成するなど、2010年は、現在に至るハイブランドとしてのポーラ≠ニしての起点となったと言えるだろう。なお、ブランドイメージの刷新という視点では、2016年1月に実施したコーポレートロゴの変更も大きい。ロゴのカラーを従来のブルーからブラックへと刷新。あわせて、ドット模様をあしらった「POLA Dots(ポーラドッツ)」を新たに採用し、さまざまなシーンで露出させることでイメージの強化を図った。
 「B.A」は、2010年のヒットの後もリニューアルや新商品の投入を重ね、コロナ禍の2020年9月にも大規模な刷新を実施している。当時の「B.A」シリーズの年間売上は600億円弱(国内外合計、メイク品・食品を含む数字)と、名実ともにポーラを象徴するブランドにまで成長していた。2020年はコロナ禍が始まり、ポーラにおいても緊急事態宣言の影響でリアル店舗の営業休止等を余儀なくされたが、「B.A」のリニューアルは、ハイブランドとしてのポーラ≠市場にアピールする狙いもあり、初動は計画値を上回る動きを示した。しかし、ポーラブランド全体では売上高が前期比24.1%減の1028億8800万円、営業利益は同57.2%減の109億2700万円と厳しい結果。前出の元販売員は、「厳しい状況になったのは、コロナ禍の影響も大きいが、ポーラがもともと持っていた訪問販売の化粧品ブランド≠ニいう良さが、ベテラン販売員の引退とともに希薄になっていったせいもあるかもしれない」と語る。  (つづく)
 

(2025年1月9日号参照)